お部屋探し

生まれて初めて引っ越したのは、高校を卒業した18歳の頃でした。ディーゼルエンジン搭載の汽車(電車ではなく汽車です)が数時間に一本しか来ないという劇的に辺鄙な田舎を離れ高層ビル立ち並ぶ東京の専門学校へ通うべく、身の回りの物を持って上京したのでした。

学校は高田馬場にありました。私は10月には合格通知を貰っていたので、2月に奨学金の面接に向かった際、東京に住んでいた友達に付き合ってもらって部屋探しをしました。高田馬場の駅のすぐ横にあった大手不動産業者の事務所に入り、家賃などの相談をしながら紹介してもらった物件はどれも小さいものでしたが、私には十分に見えました。

ついて来てくれた友達は既に数年東京で暮らしていましたが、余り引っ越した経験がないのと、社会人になってからも学生アパートとも言えるような狭く安い部屋に住んでいたのとで、出てくる見取り図全てに「へえ〜。」「ほお〜。」と関心し、「ここなら住みたいかも。」と時折コメントし、最後にはどっちが部屋探しに来ているの分からない状態になってしまいました。

紹介された部屋は埼玉県の所沢市にありました。高田馬場からは西武新宿線一本で行けるし、通学時間も一時間程度です。今考えてみると何もそこまでも行かなくたって部屋は見つかるだろうに、と分かるのですが、当時はそこを不動産屋が薦めてきたならそこがいいのだろうと素直に見に行きました。

お部屋の見学には不動産屋さんの担当者さんが車で連れて行ってくれるのかと思ったら、地図を渡されて自力で見に行ってくれ、と言う予想外のシステムでした。鍵は郵便受けに手を入れると中に紐がぶら下がっていてその先に結び付けられているのでした。

三件見に行きました。新所沢駅と航空公園駅の間にその三件はあり、三件ともワンルームでした。一件目は航空公園の駅のすぐそばにあり、一階で、電動で上下するベッドが壁に作り付けてありました。ベッドを使わないときは上に上げておいて部屋を広く使えるしくみです。その次はちょうど航空公園と新所沢の間にあり、大通りに面したアパートの二階で、ロフト付の部屋でした。三件目は新所沢駅から近く、やはり二階でロフト付でした。

私は二件目の部屋が気に入り、友達も二件目が一番いい物件だと思う、と言いました。たった三件見ただけですが、時間も余りなかったのでその二件目に決定して賃貸契約を結びました。こうして私は生まれてはじめての一人暮らしの部屋を確保したのでした。

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